PRP ACADEMIC COMMENTARY
INTRODUCTION
はじめに
多血小板血漿PRPは、広い意味の再生医療の一つですが、臨床応用されてから間もなく、
今のところ種々の整形外科疾患の標準的な治療法ではありません。今は臨床データを積み上げている段階で、
患者様にはこの治療法の特徴とご自身の疾患の状態について、よく理解していただいた上で治療選択肢として、検討してもらっています。
この「学術解説コーナー」では、ご理解と検討の一助になるように学会や論文上での最新知見を分かりやすく解説します。
再生医療による治療法
再生医療は、半世紀以上の医学的研究開発の歴史がありますが、わが国では平成26年(2014年)に再生医療等安全性確保法の施行などによる法整備と一般医療機関での提供体制が整い始めています。
1960年頃 | 細胞培養が可能になる/合成培地の開発が進む |
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1970年 | 血小板凝集塊に創傷治癒促進作用があることの発表(*1) |
1980年代 | 間葉系幹細胞(MSC: mesenchymal stem cell)の概念が提唱される 骨・軟骨・脂肪などの複数系統に分化しうる細胞の存在 |
1997年 | PRPの初の臨床応用が口腔外科分野でされる(*2) |
2000年代 | 人工多能性幹細胞(iPS細胞: induced plurirotent stem cell)の登場 |
2003年 | 変形性関節症モデル動物へのMSC浮遊液の関節内投与の報告 |
2012年 | iPS細胞の功績で山中伸弥教授がノーベル生理学・医学賞を受賞 |
2014年 | 再生医療等安全性確保法の施行 |
主な再生医療の開発史の中でも、血小板およびPRPの研究成果と臨床応用の発表は早くからされています。
PRPの作成
PRPは自分の血液から作成します。生物の教科書で目にしたことがあると思いますが、血液は試験管に入れた状態で放置または遠心分離をすると、下の図のように層状に分離します。中央の1%未満の体積の部分に赤血球以外の血球、つまり白血球と血小板が集まりバッフィーコートbuffy coatと呼ばれます。
実際には、55%を占める血漿の下層には血小板も多く浮遊しており、この範囲を多血小板血漿PRP:Platelet Rich Plasmaと呼んでいます。この部分(下図の右側、赤い囲み)を専用器で抽出したものを治療として患部に注射するのがPRP療法なのです。
血小板に含まれる成長因子と抗炎症性サイトカイン
血小板は、出血した時に血管からの血液漏出を防ぐために、すばやく血小板同士が凝血し凝血塊を作り、出家をせき止める役割を持っています。しかし、1970年の研究発表以降、実は他の細胞にさまざまな物質を放出して、傷の治りを指令している役割も担っていることも分かってきました。この放出される物質を、“液性因子”または“成長因子”などと言われています。
“液性因子”または“成長因子”は、小さなサイズのタンパク分子であり、PDGF、TGF-β、VEGF、FGF、IGF(インスリン様成長因子)、HGF(肝細胞増殖因子)、BMP(骨形成蛋白質)などがあります(*3)。
PRPに含まれる成長因子・サイトカイン
これらの小タンパク分子は、細胞内に小胞といわれる状態で存在しますが、細胞膜から千切れ離れるようにして目的の細胞めがけて遊離して行きます。この細胞外小胞体を、またはこの現象をエクソソームといいます(*4)。
細胞培養法を用いた基礎実験では、PRPはこれらのタンパク分子の作用で、軟骨細胞の分化、増殖、軟骨基質産生を促進します。また、関節腔内に存在するヒアルロン酸や関節軟骨表層細胞や滑膜細胞から出されるルブリシンを増加させる、そして基質分解酵素(MMP:マトリックス分解酵素など)の発現を抑制する作用があることが分かっています(*5)。
さまざまな種類のPRP
一口にPRPといっても数種類の方法があります。PRPの組成は作成に用いる各種キットや試験管などにより異なります。さらに採血する個人によっても自己抹消静脈血は当然個人毎に異なるので、薬剤の様に単純に同治療法の臨牀成績を比較することはできません。大きな違いを下記表に記します。当院では、下記表のLR-PRP、PFC-FDの2つの治療法が施行可能です。
種類(略称) | LP-PRP | LR-PRP | PFC-FD | APS |
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英語 | Leukocyte-poor PRP | Leukocyte rich PRP | Platelet derived factor concentratefreeze dry | autologous protein solution |
日本語 | 白血球に乏しいPRP | 白血球に富んだPRP | 血小板由来成分濃縮物- 凍結乾燥 | 自己蛋白質溶液 |
組成 | 血小板/濃縮血漿 | 白血球/血小板/濃縮血漿 | 血小板由来成分の凍結乾燥粉末 | 白血球/血小板/濃縮血漿 |
作成方法 | 1回の遠心分離法 | 1回の遠心分離法 | 1回の遠心分離法 マイナス60度で凍結乾燥 | 2回の遠心分離法 LR-PRPにポリアクリルアミドビーズによる脱水処理が加わる |
注入 | 作成日に注入 | 作成日に注入 | 後日(約3週間後)、生理食塩水に溶解して注入 | 作成日に注入 |
特徴・利点 | Pure-PRPとも言われる | 白血球の組織異化作用を利用する | 常温保存が可能で、注射日を自由に選択できる | 血球成分・成長因子・サイトカインがより濃縮されている |
再生医療等の安全性確保等に関する法律上の扱い | 関節内投与(第二種再生医療技術)/関節外投与(第三種再生医療技術) | 関節内投与(第二種再生医療技術)/関節外投与(第三種再生医療技術) | 同法の規定外 | 関節内投与(第二種再生医療技術)/関節外投与(第三種再生医療技術) |
各種類のPRPイメージ図
遠心分離で赤い囲みの成分を抽出
遠心分離で赤い囲みの成分を抽出
細胞加工物製造許可施設で、遠心分離し赤い囲みの成分を濃縮、さらに凍結乾燥処理する
LR-PRP と同じく赤い囲みの成分を抽出した後、2回目の遠心分離およびポリアクリルアミドビーズによる脱水処理で濃縮・精製する
PRPの作用メカニズム
PRPの作用機序
血小板は、傷を治すなど(“創傷治癒”と言います)の際、多くの液性因子や成長因子を放出します。その成分として、PDGF(血小板由来成長因子)、TGF-β(β型変異成長因子)、VEGF(血管内皮増殖因子)、FGF(線維芽細胞増殖因子)、IGF(インスリン様成長因子)、HGF(肝細胞増殖因子)、BMP(骨形成蛋白質)などが知られています(*3)。細胞培養法を用いた基礎実験では、PRPはこれらのタンパク分子の作用で、軟骨細胞の分化、増殖、軟骨基質産生を促進します。また、関節腔内に存在するヒアルロン酸や関節軟骨表層細胞や滑膜細胞から出されるルブリシンを増加させる、そして基質分解酵素(MMP:マトリックス分解酵素など)の発現を抑制する作用があることが分かっています(*5)。
しかしながら、関節痛などの臨床症状の改善効果がどのように得られているのかは実ははっきりとは解明されていません。ただ、創傷治癒の際に、血小板から放出される上記の液性因子や成長因子による、組織修復作用と抗炎症作用が寄与していることが推察されます。
先に紹介した様にPRPにはさまざまな抽出・精製方法があり、1mL当たりの血小板数、含まれる白血球の有無や含まれる数などが検体ごとにも違います。中でも白血球の有無は作用にも大きく影響することが考えられます。
白血球を多く含むleukocyte-rich PRPは、炎症促進作用が高いこと、注射部位への異化作用(組織構造を分解する)があること、基質分解酵素(MMP:マトリックス分解酵素など)を多く含むこと、が示唆されています(*3)。一方、白血球をあまり含まないleukocyte-poor PRPは、抗炎症作用が高いこと、注射部位への同化作用(組織構造を組み立てる)があること、基質分解酵素(MMP:マトリックス分解酵素など)を抑えること、が推察されています。
自己蛋白質溶液(autologus protein solution: APS)は、LR-PRPにさらに脱水処理を加えて抗炎症サイトカイン濃度を高めることを意図しており、国内でも使用が増加してきています。実際に、PRP中に含まれるサイトカイン濃度を比べた研究によると、抗炎症性サイトカインの一つであるIL1-raが、APS中で多いことが報告されています(*6)。
国内外の変形性膝関節症に対するPRP療法の臨床試験成績
変形性膝関節症に対するPRP療法の効果検証は、さまざまな施設で行われ結果が発表されています。まず一口にPRPといっても数種類の作成・実施方法があります。PRPの組成は作成に用いる各種キットや試験管などにより異なり、さらに採血する個人によっても自己抹消静脈血は当然個人毎に異なるので、薬剤の様に単純に同治療法の臨床成績を比較することはできません。
ヒアルロン酸注入法や生理食塩水とのランダム化比較試験(RCT: randomized controlled trial)(*用語解説1)を解析した考察では、PRPの優位性が示されています(*7)が、差はないとするものも存在します。
多くの臨床試験では、治療効果は視覚的アナログスケール(VAS: visual analog scale)(*用語解説2)および膝関節損傷・変形性関節症転帰スコア(KOOS: knee injury and osteoarthritis outcome score)(*用語解説3)を用いて、OMERACT-OARSI responder criteria(*用語解説4)を満たすものを効果ありと定義して判定しています。いずれの論文・発表もおおむね、半年から1年の経過観察で、その期間後期における奏効率(responder rate)は約60%です(*8、*9)。なお重症度別では、KL分類が中期まで(KL-3)と末期(KL-4)では、大きな奏効率の開きがあり、末期(KL-4)では奏効率約50%です。
臨床研究では治療群(治療を行う群)と対照群(治療をせずに観察するのみの群)の2つに分けて比較しますが、被験者を2つの群に分ける際に無作為に分けている研究のことです。無作為に割り振ることで、臨床試験としてより試験対象者の条件が両群間で揃っていると見做すことができ、高いエビデンス研究であるとされます。
10cmの線上で、左端が0(全く痛みなし)、右端が100(今までで一番強い痛み)とします。「あなたの痛みはどれくらいですか?」と質問して、0〜100の間のどのあたりになるのかを指さしてもらうことで、痛みを数値化します。
膝関節機能の患者目線での評価方法の一つです。症状とこわばり(S)・痛み(P)・日常生活(A)・スポーツおよびレクリエーション活動(Sp)・生活の質(Q)の5項目に対して、計42問の質問に5段階評価をして、各項目および総合計点の採点をします。近年、学会や論文で頻繁に使用される採点方法です。
(例)
治療前 | 合計 52% | (S)50% | (P)60% | (A)55% | (Sp)45% | (Q)50% |
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治療後 | 合計 62% | (S)60% | (P)70% | (A)65% | (Sp)55% | (Q)60% |
正式には、Outcome Measures in Rheumatology (OMERACT) - Osteoarthritis Research Society International (OARSI) responder criteria、リウマチ学委員会評価指標-国際変形性関節症学会の臨床試験奏功基準といって、痛み指標・関節機能評価等を元に奏功度合いを決定する手法で、学会や論文で臨床試験の奏功率を論ずるときに用いられます。